私の浪人時代の思い出話です。⚠下品な表現もありますので不快に思う方はスルーをお願いします。
私が19歳の時の話です。現役の時、大学受験に失敗し予備校に通い浪人生活を過ごしていました。予備校での生活は朝から晩まで授業が詰まっていて高校生活の延長みたいな感じ。でもそこには高校生活のような青春はなく、ひたすら勉強。勉強尽くしの日々でした。
ちょうど授業を受けていると、たまにくる”アレ”が襲ってきたんです。皆さんも経験ありますよね?「突然の腹痛」授業が終わると同時に急いでトイレに駆け込んだ。幸いにも3つある個室のうち、1つ空いていたのでラッキーと思いながらその空いている個室に飛び込んだ。私が個室に入った少し後に隣の個室に入っていた人が出ていく音が聞こえた。そうこうしているうちに私の悩みも水の中に沈んでいった。しかし、そこで私はあることに気付く。トイレットペーパーがない。。。「あかん、あかん、あかん、どうしよ!」焦っているうちに、もう1つの個室の同志も出ていく音が聞こえてきた。「同志よ!助けてくれ!同志よ。あぁ、どうしよ。」絶望していたが、ある事実に気付く。このトイレには自分しかいない。さっき隣両隣の個室の2人は出ていった。そして、このトイレでは、自分の少し高まった鼓動と落ち着こうとする自分の深呼吸だけが聞こえていた。もう一度、深呼吸をして決めた。隣の個室のトイレットペーパーを奪取しに行く。もちろん、自らの桃を露わにしたまま。授業の開始時間も迫っている。あれこれ悩んでいる時間はない。そう、私に残された時間は残り幾ばくかだった。聞き耳を立てて、トイレ内に誰もいないことをもう一度確認し、ドアをおそるおそる開けた。自分の目に飛び込んできたのはドアの目の前にトイレットペーパーが立っている光景だった。急いでトイレットペーパーを手にとり、ドアを閉めた。お陰様で無事、私は事なきを得た。一安心して落ち着いた頃、目の前の景色がじんわり滲んでいくのがわかった。こんな事でも人は泣けるんだなぁ。。。あのトイレットペーパーはきっと隣の個室の同志が置いてくれたのだ。おそらく同志も私が入った個室にトイレットペーパーが無いことに気づいていたのだろう。私は何事もなかったように教室に戻り、授業に参加した。
結局、私を救ってくれた神様とは会えず終いだったが、このトイレ事件で私は大きな恩を受けた。誰から受けた恩かも分からない、大きな恩。返すこともできない。感謝も伝えられない。恩は返すものと言うが、恩は送るものでも良いのではないか。「恩送り」とは私が大学時代に地域のワークショップに参加した際に耳にした言葉だ。誰かから受けた恩を、他の誰かに恩を送る。そうして恩が世の中に循環していく。私が送った恩が巡り巡って私を救ってくれた誰かに届いてくれるといいな。そんな、トイレに神様がいた話でした。


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